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古代史とお出かけと日常の備忘録

縄文人は農耕していたって本当?の話

木曜日に東京国立博物館に行ってきたときに、ミュージアムショップでこちらの本を買ってきた。

考古学講義 (ちくま新書)

考古学講義 (ちくま新書)

  • 作者:北條芳隆
  • 発売日: 2019/05/24
  • メディア: Kindle版
 

この本にある第2講「縄文時代に農耕はあったか」を読んでいて、衝撃をうけた。

古墳から始まって、古代史ブームが来てからはや1か月。

まだまだひよっこのオイラには、こんなことあったのかい?とマスオさんの声で脳内再生されちゃうくらい、衝撃だった。

 

私だけではないかもしれないが、学校の授業では、人が定住して作物を育てる時代は、弥生時代の稲作からとしか記憶がないんではないかと思う。

縄文時代って、そこらへんにいた獣や木の実やらを食べていた時代なんじゃないの?みたいな、縄文人には大変失礼な知識しかなかったと思う。

それが・・・縄文人も農耕していたって・・・定住してたってこと?狩りのイメージしかない・・・という、衝撃が走ったのであった。

 

この本には、最新の研究によって、土器に付着していた多数の植物によって、栽培植物とその利用方法に関する議論が高まってきていると紹介されている。

まず紹介されているものは漆についてである。

これも私も知識不足というか教養のなさというべきか、漆って縄文時代から漆の木を管理して育てていただなんて知らなかった。

しかも、現代に伝わっている漆工芸の基本は、縄文時代にはほぼ完成していたと書いてあるから、これも驚きである。

 漆の主な用途として、木製品や土器、籠状の編み物などの容器を覆う防水塗料や補修材、また接着剤として利用など、幅広く利用されていた。

東京都の下宅部遺跡(しもやけべいせき)からは、さまざまな漆製品が出土した。

八国山たいけんの里/東村山市で、その漆製品が見られるようだ。

行ってみたい!!頑張って千葉県から行くぞ。

 

本題の「縄文人は農耕していたって本当?」の話だが、Googleさんで「縄文時代 農耕」とキーワードを入れて検索してみたら、国立歴史民俗博物館のPDF形式の報告書がでてきた。

国立歴史民俗博物館のPDF

国立歴史民俗博物館のPDF

キャプチャーで申し訳ないが、このような題名がGoogle検索結果として出てくる。

私はそれを会社で印刷して(21枚)休憩中読んでいた。

そこに「砂沢遺跡」という青森県弘前市にある弥生時代前期の遺跡がある。

縄文時代後期から弥生時代前期への移り変わりを見ることのできる遺跡らしい。

ここの遺跡からは、灌漑施設を備えた水田が6面発見された。

福岡県にある「板付遺跡」は、日本最古の農耕集落のひとつである。

 

難しい文章ではないので、読めばわかるのだが、日本の農耕は稲作から!という固定観念みたいなのが私の中から消えた。

よし!明日から米作っちゃうぞ!なんていういきなり現象は起きるはずもなく(というかイメージはそうだった)縄文時代でも、漆やクリの木、クリなんかは、ちゃんと実が大きくなるように、管理、選抜されていっているというから驚き。

思えば、よく博物館に展示してある石器類を、いつもの使い方とは違う使い方、例えば、石の斧を打つだけじゃなくて地面を叩いてみる、そこから耕す道具にしてみるとか、持っているものの使いようによっては、道具の規模は小さくとも農耕なんて可能っちゃあ可能だなと思える。

 

出土品を見ていれば、学校で習った縄文人のイメージがガラっと変わる。

ただただ獣を追っていたり、貝をひろっていたりしていただけではないのである。

ちなみに、農耕と栽培の違いについて私は、Googleさんに聞いてみた人間である。